池波正太郎「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」の三作品に思うこと

池波正太郎と言えば、戦後を代表する時代小説・歴史小説家ですが、戦国や江戸、幕末の時代を舞台にした時代小説の他にも、美食家でもあり、趣味の映画での評論など多くのエッセーも残しています。
その中でも「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」は、テレビでも放送されていたので、原作を読んでいなくてもご存知の方も多いのではないでしょうか。
この3作品の主人公たち、それぞれ全く異なる個性で池波ファンの心を捉えてきます。

「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵は、火付け盗賊改め方というお役目についているお役人さんです。
そんな現役バリバリの平蔵さんとは反対に「剣客商売」の秋山小兵衛は現役を退いた老剣客です。
そして「仕掛人・藤枝梅安」の梅安さんは、ご存知殺し屋なのですが、本当にそれぞれ違った魅力が溢れています。

「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵はこの3つの作品の中でも唯一実在する人物です。
寛政の改革で人足寄場(犯罪者の更正施設)の建設を立案、設立など功績を挙げています。
3人の中で組織に属して働いているのは平蔵のみ、お役人ですから、固い職業ってイメージがあります。
しかし、そんな堅苦しくやり難いことも多い組織の中にあっても、平蔵の信念や姿勢は同じ会社勤めの自身に照らし合わせても、多くの共感と希望を与えてくれます。
盗賊たちからは、「鬼平」と呼ばれ恐れられている平蔵ですが、物語を読み進めていくと人間の本当のやさしさとは一体何だろう?と考えさせられることがよくあります。
人を思いやる気持ちのあり方や、強い人間だからこそできる懐の深い振る舞いには、本当に心揺さぶられます。
自分を棚に上げていうのも何ですが、鬼平を読み終えた後は必ず「私にもこんな上司がいたらなぁ」といつも思ってしまうのです。

剣客商売の秋山小兵衛は無外流の老剣客ですが、若い頃の小兵衛は、どちらかと言うと女性には奥手なくらいストイックな修行時代を過ごします。
その反動というわけではないでしょうが、隠居してから身の回りの世話をしてくれていた、お春に手を出してしまいそのまま再婚、息子大治郎を呆れさせてしまいます。
そりゃそうですよ、大治郎よりも若い、41歳も歳の離れた奥さんをもらったとなれば、息子としては「どうしちゃったんだろう、うちのお父さん」ってなりますよ。
「新しい母さん、年下かよっ」って感じですよね。
そんな大治郎もすったもんだの末に、田沼意次の妾腹である男装の女剣士、三冬と結婚します。
この三冬、はじめは助けてもらった小兵衛のことが好きだったのですが、だんだんと大治郎に惹かれていきます。
父の若かりし頃と同じように剣術にストイックに生きる大治郎と、女性剣士なんて言われても所詮お嬢の三冬の世間ずれしたやり取りが実に楽しく描かれていて、下手な恋愛ドラマよりはずっと「きゅん」となります。
剣の道一筋に精進した人間だからこその、ご褒美の隠居生活だとは思いながら、小兵衛を羨ましく思うこと多々あります。
自分がこんな素晴らしい隠居生活を送るには、まだまだしなきゃいけないことが山積みです。殺し屋家業の梅安のその表家業は凄腕の鍼医者で、相棒の彦次郎も表向きは腕の立つ楊枝職人です。
殺し屋なのに一方では人の命を助けているのです。
これは池波正太郎の小説を読んでいくとよく出てくるものですが、「悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく、人というのは、ふしぎなもの」と言うテーマがあります。
表の顔と裏の顔を持つこの話は「人間なんて自分ですら分かっていない顔を持っているもの」と言うメッセージがあるようにも感じます。
梅安と彦次郎は人殺しを生業にしているせいか、どこか孤独感を拭いきれません。
「自分はどうせろくな死に方はできないだろう」と達観している部分が多くあるのです。
この2人の関係性も面白く、どこか男女の垣根を越えたような、人間として惚れ合っているように思えます。
彦次郎が梅安に「俺のなじみは梅安さんだけだよ」と言う場面があります。
個人的に大好きなセリフなのですが、孤独な殺し屋が唯一心を許しあえる仲間だけに打ち明ける告白のようにも感じることができます。

この3作品には、食べ物の話が事細かに出てきます。
これは美食家でもあった池波正太郎ならではですが、今のように季節に関係なくあらゆる食材を手に入れることが出来なかった時代を、食べ物やその調理法によって表しているのです。
そしてそれを読みながら私たちは江戸の時代の匂いを感じることができるのです。
池波正太郎の逝去により連載中だった「鬼平犯科帳」と「仕掛人・藤枝梅安」は未完中絶となっています。
「剣客商売」にしても同じだと思います。
鬼平では密偵のおまさが誘拐されその生死が分からないまま、また梅安に至っては作者が亡くなったことで梅安が命拾いしたと言われています。
もしも叶うならこの3作品を最後まで読んでみたいといつも思います。
でも、その先を自分で妄想してみるもの楽しみのひとつかもしれません。

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